大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和46年(ヨ)95号 判決

申請人 池田研二

被申請人 学校法人関西学院

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

申請人

一  被申請人は申請人を仮に助手として取扱い、昭和四六年四月以降毎月二五日限り金六八、七〇〇円、同年六月以降毎年六月末日には金一〇五、〇六〇円、一二月末日には金一八五、四〇〇円、三月末日には金九二、七〇〇円を仮に支払え。

二  被申請人は申請人が左記(一)の場所に研究のため出入し、同(二)の部屋を研究のため使用することを妨げてはならない。

(一)  西宮市上ヶ原一番町一番一五五号

関西学院大学理学部構内

(二)  同学部 四一六号室

との判決。

被申請人

主文同旨の判決。

第二申請の原因

一  当事者および解雇

被申請人は、その肩書所在地において大学七学部および大学院ならびに学生数約二万名を擁し、教育および研究事業を営んでいる学校法人である。

申請人は、昭和三八年大阪大学理学部を卒業し、昭和四一年同大学大学院修士課程を修了した。引続き同大学院博士課程に在学中であつたが昭和四三年三月中途退学し、同年四月被申請人大学理学部助手に採用された。その際助手・助手補規定により任期は三年と定められた。

申請人は、その後引続き右職(助手)にあり、被申請人より給与月額金六八、七〇〇円(昭和四六年三月度)のほか、昭和四五年三月、六月、一二月には賞与として、それぞれ金九二、七〇〇円、金一〇五、〇六〇円、金一八五、四〇〇円の支給を受けていた。

ところが被申請人は、昭和四六年二月二七日付書面をもつて、申請人を同年三月三一日限り任期満了のため解雇する旨の意思表示(以下本件解雇ともいう)をなし、同年四月以降申請人の助手としての地位を否定すると共に、申請人が被申請人大学理学部構内および同学部四一六号室へ研究のため立入ることを拒否している。

二  解雇の無効性

1  本件解雇は、申請人が被申請人に雇用されるに際し定められていた「任期三年」が昭和四六年三月三一日の経過を以つて満了することを理由とするものであつた。

2  しかし、申請人被申請人間の法律関係は以下に述べるとおり、労働基準法(以下労基法という)が適用される労働関係であり、右の任期三年との定は同法一四条に違反し、無効であるから、本件はいわゆる期間の定のない労働契約である。しかも、被申請人には、申請人に対する解雇を正当づける理由がなく、また同解雇を必要とする理由もなかつたのであるから、本件解雇の意思表示は権利の濫用であり、無効である。

3  助手の労働者性

前述のとおり、被申請人は学校法人であつて、教育・研究の事業を行うものであるところ、申請人は右事業に「助手」の職名をもつて使用され、賃金の支払を受けている労働者である。

被申請人の学則一一条に基づく助手・助手補規定二条によれば、「助手および助手補は教授・助教授の指導を受け、学術の研究ならびにこれに関する事務に従事する。」と規定され、教授・助教授の指導権が明記されている。現実の運用としても、助手は、各主任教授の下に配属され、定められた週何時間かの学生演習の指導の外、入学試験、期末試験等の大学行事に伴う業務や試験監督および採点等の業務にも、上司(学長・教授会・主任教授)の指揮を受けて従事している。また、自己の研究のテーマも自由に決定出来るのではなく、主任教授の研究に役立つところの研究のみに限定されている。これらの労働に対する賃金として、助手は給与規定にもとづき、給与を支給されているのである。

このように、助手の従事する業務は労働契約特有の従属労働であるから、いわゆる助手である申請人は、被申請人が経営する労基法八条一二号の教育、研究の事業に使用されるものであり、その労働に対して賃金の支払を受けるところの労働者である。

三  本件解雇にいたる経過

本件解雇は以下詳述するように、被申請人が打出した不当な合理化すなわち「正職員の臨時職員化」を拒絶した申請人に対する報復人事であり、合理的理由は全くない。

1  従来被申請人大学各学部には、前記のとおり助手・助手補が置かれていた。この助手・助手補の中には、申請人のような助手専業の者があるほか、大学院学生で、かつ、助手・助手補でもあるという二重身分の者もすくなくなかつた。そして、その業務内容も、時によつては事務職員・図書館職員との区別がつきかねる程あいまいなものであつた。

しかし、右のような状況の中にあつても、助手・助手補は「学術の研究」がその職務の筆頭にあげられ(助手・助手補規定二条)、もし、上級の教職に欠員を生じた場合には、専任教員として講師に、引いては助教授・教授へと昇進する可能性が残されていた。

2  ところが、いわゆる大学紛争の中で、前記助手身分の矛盾、不明確性がとりあげられ、助手の専任教員ならびに研究者としての地位明確化、大学管理運営機関への参加等が要求されるや、これを受けた被申請人は「大学改革案」の一つとして、従来の助手・助手補を廃止し、新助手制度および実験実習指導補佐制度を打出した。

この制度案においては、助手(新制度の助手)は、講師以上に欠員を生じた場合、将来は講師に昇進するものとして、しかも専任教員として採用されるのであるが、一方、新たに設けられる実験実習指導補佐に対しては諸種の補助業務のみを担当させることに止め、また従来の助手(旧制度の助手)は一旦解雇された上、改めて右実験実習指導補佐に採用されるものとされていた。

この実験実習指導補佐というのは、その業務内容が学部長の指示に基づく補佐業務その他実験実習の補佐業務のみに限定され、学術の研究はその業務から除外されている点において、従来の助手とはその性格が根本的に異なつている。また物質的にも、従来の助手は給与規定により所定の俸給を受け、一定期毎に昇給があり、賞与を支給され、更に学会出席等の業務出張に対して旅費が支給される等恵まれた待遇を受けていたのに対し、実験実習指導補佐は年間一定額の金員が支給されるのみで、昇給も賞与もなく、健康保険もなく、もとより旅費の支給もない。言い換えると、これはいわゆる「アルバイト」そのものである。

3  従つて、従来の助手をこの実験実習指導補佐に雇い替えるということは、正職員を臨時職員とし、一切の身分的保障を奪うことに他ならない。しかも、この制度は、助手の同意を求めることなく強行されようとしたのであるから、申請人がこれを拒絶したことは当然である。

ところが、この新制度は結局強行され、従来の助手はそのほとんど全員が、この実験実習指導補佐に再雇用されたところ、被申請人はこれらに対しなお従前同様の業務を担当させているので、従来の助手が果してきた業務を遂行させる人的必要は少しも減少していない。

してみれば、申請人に対する本件解雇は、従来の助手より研究者としての側面を奪い、人件費を安くあげ、使い捨てにするための不当な「合理化」を強行するためにのみ行われたものである。これが、いわゆる権利濫用に該当し、当然に無効であることはいうまでもない。

四  よつて、申請人は被申請人との間の労働契約関係につきその存在確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中である。しかし申請人は被申請人より受ける給与の他に収入がないので生活が苦しく、また、被申請人大学の研究室に出入りして研究を続けなければ研究者としての将来に著しい不利益を蒙る等、右本案の確定を待つていては回復不可能な損害を受けるので、本申請におよぶ。

第三被申請人の答弁

一  申請原因の一の事実(当事者および解雇)は認める。

二  同二のうち、1の事実、および同3にある助手・助手補規定に関する事実は認めるが、その余はすべて否認する。

三  同三のうち、従来の助手・助手補制度を廃止し、新助手制度および実験実習指導補佐制度を採用したことは認めるが、その余はすべて否認する。

第四被申請人の主張

一  助手は労基法上の労働者ではない。

1  一般に労働者とは、〈1〉明示的雇用契約関係が存在し、〈2〉賃金給料その他これに準ずる収入を得ること。〈3〉他人の指揮・命令のもとで労働する使用従属関係にあるものとされている。ところが、申請人は右の各要件を具備せず、特に使用従属関係にある労働者とは言い難い。

すなわち、助手として採用されるためには「一定の有資格者」に限定され(助手規定六条)、その職務は「教授・助教授の指導を受け、学術の研究ならびにこれに関する事務に従事する(同二条)」ものである。このように助手の本来的な任務は自己の研究を教授の指導のもとに自主的に研究・遂行することである。ただ助手は教授とは異なり、完全に独立して研究を行うことは不可能であるから、教授の指導を受けるにすぎない。

申請人が主張するように、助手も入学試験・期末試験の各試験監督およびその採点等の業務にも従事しているが、これは全体の労働時間から較べるとわずかであり、その大半は自主的な研究時間に当てられている。

また、申請人が被申請人に就職するに際しては明確な雇用条件も定めておらず、したがつて、いわゆる助手と被申請人大学との関係は、未だ雇用契約であるとは言い難い。言い換えると、助手は、労基法でいうところの労働者には該当しない。

二  雇用期間の満了

仮に右主張が容れられず、申請人のいうとおり助手が労基法の適用を受ける労働者であるとしても、申請人と被申請人間の雇用契約は期間の満了により当然終了したものである。

労基法一四条は、労働契約に期間の定がある場合その契約期間を一年に限定し、例外として特定の職種(技能養成規程、職業訓練法)についてのみ長期の期間を定める雇用契約を許している。右のように、法が契約期間の長さを限定する趣旨は、労働者を不当に拘束しないためであるこというまでもない。

そこで「助手」の雇用期間について考えるに、以下に述べる理由から、これについては長期の期間を定めた雇用契約が有効に存在しても、なお法の趣旨には反しないものと考える。すなわち、現在の教育機構の下における大学教育においては、いわゆる助手制度は半永久的に存在するものであるが、これは助手が将来大学教授になるための一過程にすぎないのであり、ある特定人が半永久的に助手としての身分を保持し、その地位を固守し得るものではないのである。従つて将来大学教授としてその任に当ることが出来ない者に対しては、当然雇用期間が満了した時点でその地位が消失するのである。いわゆる助手をもつて、半永久的に雇用される一般労働者と同一視する議論は未だ助手の地位を理解しない者のなす暴論であると言つても過言ではない。

ただ、助手は将来大学教授となり得るものであるが、その養成には通常三年位の年月が必要であり、また三年位で当該助手の将来性が判るのであるから、本件のように三年間の確定期限を定めることは、なんら助手の人格を拘束するものではなく、きわめて合理的なものである。このことが、労基法一四条の趣旨に反するものではなく、また同法一三条にも抵触するものでないことは多言を要しない。

従つて、申請人は昭和四三年四月一日被申請人大学に就職し、その三年後の昭和四六年三月三一日期間満了により当然退職し、助手の地位を失つたものである。

三  通常解雇

1  仮に前記の当然退職の主張が容れられないとしても、申請人は通常解雇により助手の地位を失つたものである。

その期間を三年間と定めた本件雇用契約は労基法一三条により、期間を一年と定めた雇用契約として有効であると解されるから、この一年を経過した後は当然に期間の定のない労働契約が継続していたものと解される。そこで、被申請人は申請人の助手としての能力の欠如等いわゆる適格性を考え、昭和四六年二月末日に申請人に到達した同月二七日付書面を以て、申請人を同年三月三一日限り解雇する旨の予告(意思表示)をなした。この意思表示は期限の到来と共に本来の効力すなわち解雇効を生じ、申請人は主張の地位を失つたのである。

2  右解雇は、次のとおり合理的な事由に基づくものである。

(一) 出勤状況

申請人の業務はその主張のとおり、研究、各試験の監督等であるところ、申請人は試験監督業務を放棄し、また申請人が行つた授業妨害につき事情取調の為被申請人が呼出した際に正当な理由もなく出頭せず、更に申請人の執務位置である研究室が昭和四五年五月以降四一六号室に移転した後は、ほとんど同室に出勤していない。

(二) 研究活動

助手の本来の業務は自主的な研究活動にある。そのため申請人も昭和四三年四月に被申請人大学に就職した際は同人が大阪大学で行つていた研究の続行を要望していた。ところが申請人は過去三年間に何らの業績をも挙げていない。被申請人においては毎年学事報告書を作成して、教授・助教授および助手の各業績ならびに研究活動を学界に紹介しているのであるが、しかし申請人は、昭和四三年の就職以来、右報告書からみる限りでは何らの研究活動もしていない。すなわち、学会等へ論文を発表したことがないのはもちろん、学会の討論にも参加せず、また他大学(とくに大阪大学)への研究にも参加していない。

先に述べたように、助手は将来大学教授として進むための一過程である。しかし、研究というものが一朝一夕に成果の挙がるものではないことから、この助手の期間すなわち三年間における助手の業績はまことに重要である。この業績が教授たり得る素質を有するものか否かの判定基準となることはいうまでもない。

(三) 以上のところから、申請人の所属する理学部の総括者である理学部長は、申請人が助手として、また将来大学教授としての能力に欠ける等その適格性を有しないものと判断し、当時の大学の総括者であつた関西学院院長代行にその旨具申した。他方、理学部教授会は、右同様の理由により申請人の解雇を相当とする旨決定した。そこで右院長代行は前述のとおり昭和四六年二月末日申請人に到達した同月二七日付書面を以て、来る三月三一日限り解雇する旨の予告(確定期限付解雇の意思表示)をなしたのである。これが有効であること疑う余地はない。

四  助手制度改革について

被申請人大学においては、いわゆる大学紛争の結果、制度改革の一環として、昭和四四年一二月に助手制度検討委員会から申請人が主張するような新助手制度が提案された。

これに対し、理学部助手で構成している助手会は、昭和四五年八月三日に「助手制度改革問題に関する見解」と称する書面を理学部教授会に提示し、大筋において賛意を表明した。

そこで、助手制度の改革を決定した被申請人は、若干名の助手に対し、昭和四六年四月から一ケ年間「雇用期間」の延長を認め、他の助手一一名に対しては再三再就職を勧告した。その結果、新助手に一名、実験実習指導補佐に四名が再就職し、他の六名は他大学あるいは民間会社に再就職した。しかるに、ひとり申請人のみが既に廃止された旧助手制度を何ら正当な理由もなく固守しているのである。

五  保全の必要性について

1  給与の仮払について

申請人には、その妻に月収約三五、〇〇〇円の収入があり、申請人自身も大阪Y・M・C・Aの講師として相当な生活を維持するに足る収入を得ており、給与仮払の必要はない。

2  構内の立入および四一六号室の使用について

申請人は解雇される以前から、その研究活動のためには、ほとんど被申請人大学に出勤していない。なお大学の業務に従事せず、自己の研究のためのみならば、いわゆる「理論学」の分野で研究を行うはずの申請人としては、とくに大学構内および研究室に出入する必要もない。

また、被申請人においては、助手に対し、個室の研究室を与えてはおらず、主任教授の研究室に同居させているのが実情である。前記四一六号室は、申請人の主任教授であつた大鹿教授の研究室であつたが、たまたま大鹿教授が辞職したため、申請人のみが同室を使用していたにすぎない。従つて、同室は新任の教授が着任すれば、その教授の研究室となり、申請人としては、同教授の指導下に入らない限り、同室を使用するに由ないものである。この点からも保全の必要性はない。

第五申請人の反論

一  助手の任期について

被申請人の主張する助手の任期を三年とすることには合理性がない。仮に、助手の採用が講師以上の職へ昇進させることを前提としており、三年の期間満了時にその能力の有無が判定され、「能力あり」とされた場合には講師に昇任し、「能力がない」と判定された場合には解雇されるというのであれば、助手とは試雇用期間中のものであるといわなくてはならない。そして、この場合には、助手から講師への任用が何らかの形で保障されていなければならないことは当然である。ところが、被申請人大学にはこのような保障はなく、その講師の任用については、学内の助手も他大学からの希望者も同様の条件の下に置かれていた。すなわち、助手が試雇用中の研究者であるという性格は全くなかつたのである。

また被申請人は、助手は将来大学教授になることを期待されているものであり、その資質のないものは解雇されても已むを得ない旨主張する。しかし、申請人は将来被申請人大学の教授となることを予定して採用されたものではなく、また昇任を強制されるものでもないから、申請人に関する限り、被申請人の右主張は理由がない。あたかも平社員が、将来課長、部長に昇進する見込がない場合でも、それだけの事由では解雇されないのと同様である。

二  実験実習指導補佐について

新設された実験実習指導補佐が旧助手(従前の助手)とは制度的に全く異なるものであり、いわゆる「アルバイト」にすぎないことは前述した。

しかし、新制度に移行した後においても「地位」の切換えが行われただけで、現実の業務には全く変化がない。すなわち、実験実習指導補佐は、本来の業務である「雑用」に従事するばかりではなく、旧助手と全く同じように研究業務にも従事しており、しかも、外部に発表するその経歴としては「助手」と同様に扱うべきものとされている。してみれば、実験実習指導補佐制度すなわち助手制度の改革は、正職員として口うるさい旧助手をアルバイトに格下げして口を出させないようにしたそれだけのことである。このような改悪に旧助手が賛意を表す筈がない。

いずれにせよ、これは大学改革の一環をなす助手制度の改革ではなく、旧助手の犠牲において大学の経営合理化を計ろうとするものである。旧助手である申請人がこれに反対したのはまことに当然であつた。

三  通常解雇理由について

被申請人主張の解雇事由が存在せず、あるいは理由がないことは次のとおりである。

1  試験監督業務の放棄について

申請人が試験監督業務に従事しなかつたのは僅か一回(二日間)だけである。それも被申請人から求めた試験監督日程のアンケートに対し、申請人が試験監督をしたくない旨理由を付して回答したので、これを容認した被申請人が殊更試験監督業務を命じなかつたその結果に過ぎない。試験監督をなせという積極的な業務命令に対してそれを拒絶したものではないから、いまだ試験監督業務を放棄したものには該らない。また申請人が試験監督をしたくないと回答したのは、前記の如き不合理極まる助手制度の改悪に反対するためであつたから、もとより責めらるべき行為ではなく、これをもつて本件解雇を正当化することは許されない。

2  事情聴取の呼出を拒否したことについて

これは第一回目の呼出日時が申請人にとつては都合がつかなかつたので、申請人はその旨を届出たうえで出頭しなかつたものであり、第二回目の呼出に対しては出頭したが、そのときは被申請人の方で事情聴取を拒否したものである。その拒否理由は、申請人が学生と一緒に居たことにあるらしいが、そのことが正当な拒否理由になるとは思えないし、仮になるとしても、被申請人は三度目の日時指定を行うべき義務があるのにこれをなさなかつた。従つて、申請人が事情聴取に応じなかつたと非難されるいわれはない。

3  出勤状況について

被申請人は、申請人が昭和四五年五月からほとんど四一六号室に出勤していないと非難するが、申請人は四二〇号室には出勤していたのである。四一六号室に出勤しなかつたことをもつて直ちに欠勤したとは言えないから(被申請人も欠勤とまで主張していない)、そのことが何故解雇理由となるのか理解に苦しむところである。

4  研究活動について

申請人が学会誌や年次報告に掲載される論文(ペーパー)を発表していないからといつて、研究業績がないとは云えないし、また研究活動を怠つていたとも言い得ない。申請人は、ゼミで学生を相手に今までの研究成果を発表しているところ、学園紛争も影響してこの成果を論文の形にまとめる暇がなかつただけのことである。

5  その他の解雇理由はない

被申請人は申請人に対し、実験実習指導補佐に就任する意思の有無についてアンケートをなしており、かつ、理学部長自ら多数の学生の前で、実験実習指導補佐になら申請人を採用するつもりであつたと述べている。したがつて、申請人が助手として適格性を有することは明白である。

以上のとおり、本件解雇は理由がない。

四  保全の必要性について

申請人は、助手としての給与を断たれたため止むを得ず自らの時間の大部分を割き、予備校で専門外の数学を教え、若干の収入を挙げてはいるが、このような生活は、研究者として大切な時期を無為にすり減らしているものというべく、いつまでも続けうるものではない。

したがつて、右の若干の収入により、本件仮処分の必要性が減ずることはあり得ない。

第六証拠〈省略〉

理由

一  争いがない事実

(一)  被申請人は大学七学部および大学院を擁し、教育、研究事業を営む学校法人であること、

(二)  申請人は主張どおり先に大阪大学理学部大学院博士課程に在学していたが、昭和四三年三月中途退学し、同年四月一日被申請人大学理学部助手に採用されたところ、その際、助手・助手補規定により「任期は三年」と定められたこと、

(三)  申請人は、じ来助手として研究等の業務に従事し、被申請人から給与月額金六八、七〇〇円(昭和四六年三月度)のほか、賞与として主張どおりの金員の各支給を受けていたこと、

(四)  被申請人は、昭和四六年二月二七日付書面により、申請人を同年三月三一日をもつて任期満了により解雇する旨の通知をなし、同年四月一日以降は申請人の助手の地位を否定していること、

はいずれも当事者間に争いがない。

二  助手の労働者性

申請人が前示の助手(申請人主張の旧助手。以下同じ)は、労基法の保護を受けるところの労働者である旨主張するのに対し、被申請人大学はなぜかこれを争うので、まず、この点について判断する。

(一)  こゝに労働者とは、同法八条に規定する事業または事務所に使用されていわゆる従属労働に従事し、その労働の対価として賃金の支払いを受けているものである。

(二)  ところで、被申請人は同法八条一二号の研究事業等を営んでいるところ、申請人がその主張どおり理学部助手に任用され、被申請人の営む学術研究事業等に従事し、報酬として申請人主張どおりの給与を支払われていたことは争いがない。

(三)  そこで、右研究業務に従事し提供していた申請人の労働が、果して従属労働であつたか否かを検討する。成立に争いのない疎甲第二号証、証人勝本卓美の証言を綜合すると、右の理学部助手は、まず主任教授(指導教授)のもとに配属され、その執務位置を同教授の研究室の一隅に与えられたうえ、主任教授の指導のもとに、いわゆる研究業務およびそれに伴う事務に従事するほか、学生を指導するため「演習」を担当し、かつ、上司(主任教授・理学部長・学院長)の指揮監督を受けて、申請人主張の試験業務等にも従事していたことが認定できる。したがつて、前示助手の労働は、いわゆる頭脳労働ではあるけれども、つねに右上司の指導あるいは指揮監督下に置かれていた点において、なお従属労働であると解するに充分である。これに反する被申請人大学の見解はもとより採るに足りない。

したがつて、申請人は、被申請人の営む学術研究事業に助手の職名で使用され、いわゆる従属労働に従事し、その対価である賃金を得ていたところの労働者である。これを労基法上の労働者とする申請人の主張は理由がある。

三  期間満了による地位喪失について

申請人が「解雇された」旨主張するのに対し、被申請人は、解雇の意思表示をなした旨自認しているけれども、なお、申請人の地位喪失は期間満了により当然に生じた旨をも主張する。なるほど、雇用期間が適正に定められかつそれが満了した場合には、労働者は原則として当然にその地位を失うものと解せられないこともない。

しかし、本件の場合、「任期を三年」として助手を採用したことが、いわゆる雇用の期間を三年と定めて労働契約を結んだものには該らないこと、後述のとおりであるから、被申請人の右主張は理由がない。

四  任期三年の法的性質

被申請人の主張からみれば、申請人の任用にあたり任期を三年と定めたそのことが、本件解雇ないし地位喪失につき、重大な意味を有することはいうまでもない。そこで、右「任期三年」の法的性質について検討する。

(一)  労基法一四条は雇用期間が一か年を超える長期の労働契約を結ぶことを原則として禁止している。しかも罰則(同法一二〇条)をもつてこの禁止を強行しているのである。もつとも、法はこの禁止に触れない例外の場合をも認めてはいるけれども、本件助手の任用が、右例外をなすところの労働契約には未だ該当しないこと極めて明白である。これに反する被申請人大学の見解はもとより採るを得ない。したがつて、本件助手の任用における「任期三年」との文字を、被申請人のいうとおり単に雇用期間をのみ表したものと見るならば、被申請人大学は、右罰則に触れるところの犯罪行為を犯したものと言わねばならない。しかし、その場合でも、右任用行為は、その全部が無効に帰するわけではなく、期間を一年と定めた労働契約、すなわち雇用期間を一年として助手の任用が行われたものとみなされるにすぎない(同法一三条参照)。

(二)  ところで、この「任期三年」の定めに関し、被申請人大学理学部教授会においては「三年の任期中でも一年経過後は助手は任意に退職することができる。しかし、大学当局としては任期中にある助手を解雇することはできない。」との意見にかねてから統一され、同意見どおりにこれを処理していること証人勝本卓美の証言により容易に認定できる。

右事実および弁論の全趣旨を綜合すると、本件助手の任用において、各当事者は、黙示的に次の約定、すなわち、

(1)  被申請人としては、三年間は、雇用期間が定められている場合と同じように、已むを得ない事由がある場合のほかは、申請人を解雇しない、

(2)  申請人としては、当初の一年間に限り已むを得ない事由がある場合のほか退職はしないが、しかし、それ以降は自由に退職できる権利を留保する、

との趣旨を合意したことを推認するに充分である。これを左右するに足る疎明はない。

(三)  そこで、前示「任期三年」の性質であるが、当初の一か年はその解約が許されないので、いわゆる雇用の期間に該当するものと解される。しかし、その後の二か年は、申請人において、任意にこれを解約し終了させ得る権利を保有しているので、これを雇用の期間と解することは論理的に不可能である。すなわち、「雇用の期間」と「その自由なる解約」との両概念は明らかに矛盾する。

ところで、同法一四条の規定にも拘らず、前示のような「三年間の解雇制限の合意」をもつて無効とすべき理由は毫もない。このような解雇制限の特約は、労働者が安んじて自己の職務に専念できるようその身分を保障する点において、真摯な労働者の地位向上に役立つほか、他方、使用者に対しても、優秀な労働力を確保するための手段として相当な便益をもたらすものと解される。

したがつて、前示残された二か年は、もはや雇用の期間ではないけれども、それと同じように解雇権行使を制限された期間であり、前示労働者である助手の利益を擁護すべく「その身分を保障しているところの期間」であると解しても何ら支障はない。

以上にみたとおり、本件助手の任用に際し定められた「任期三年」の法的性質は、最初の一年は「雇用の期間」であるけれども、それに続く二年間は、申請人のため解雇権行使を制限したいわゆる「身分保障期間」であると解するのが相当である。

五  解雇の適否

被申請人が申請人に対し、前示身分保障期間の満了日である昭和四六年三月三一日限り申請人を解雇する旨の予告(確定期限付解雇の意思表示)をなしたことは争いがなく、この予告がおそくとも右同日の三〇日以上前に、申請人に到達していたことは、申請人もこれを明らかに争わない。そこで、右解雇の適否について判断する。

(一)  申請人は、右解雇がいわゆる助手制度の廃止を強行するために行われたものである旨を主張する。なるほど、もし助手制度の廃止を強行して、何ら非難さるべき点のない有能な多数の助手を一挙に解雇しようとすれば、一部の助手との関係で、不合理な摩擦を惹起して権利濫用となり、結局、その助手に対する解雇無効を招来する場合もあるのではないかと推測するに充分である。

しかしながら、被申請人主張の解雇事由は、右と異り申請人の助手としての不適格性のみを問題とするものである。そのため、仮に申請人が助手としていわゆる適任者であるならば、本件解雇は、もはや合理性を欠き、権利濫用として許されないもの、すなわち無効であることに帰着する。したがつて本件においては、被申請人主張の解雇事由についてのみ判断すれば足り、右助手制度の廃止を強行することの適否についてまで判断すべき必要は毛頭ない。

(二)  被申請人が本件解雇事由として主張するところは要するに申請人が被申請人大学の助手として研究能力に欠ける等いわゆる「適任ではない」というにある。

(1)  右の助手がまず第一に担当すべき職務は、いわゆる学術の研究にあること弁論の全趣旨により疑いはない。したがつて、助手の職に任ずるものは、いわゆる研究者としての素質ないし能力を具備していることが絶対不可欠の要件である。なるほど、申請人のいうように昇進を考えず助手の地位に長期間止まることも法的には可能であろう。しかし、このことは、助手が研究者としての素質を具備しなければならず、また研究経歴に相応した研究能力をも具備しなければならないということゝ何ら矛盾するものではない。たとえば、一般会社員の場合、平社員と幹部社員とを比較すれば、たとえ学歴入社歴が同等であつても、その素質ないし能力に明白な差異があるのは当然であるが、しかし、大学における研究者の能力には、そのような差異があつてはならないこと公知である。すなわち、研究者である前示の助手は、教授と同等の素質をもたなければならないし、またその研究経歴に応じ教授と同等の研究能力を具備しなければならない。言い換えると、たまたま研究経歴が同等であるところの助手と教授は、同程度の研究者として、同程度の研究成果を挙げなければならないのである。この場合、助手の研究業績が著しく劣るときは、研究者の素質ないし能力を欠くものとして、その地位を失うに至るこというまでもない。

このように、助手から教授に至るまで、いわゆる研究者全員がその経歴に応じ同程度に有能であるならば、その大学の学術は大に進歩する。しかし、研究陣の一翼を担う助手の一部が仮に無能であるならば、それは直ちに教授の研究活動に支障を与え、引いて大学全体の研究活動をも停滞させるという危惧がないでもない。したがつて、被申請人大学が、研究者としての能力に欠ける助手すなわちその適格性に欠ける助手を学内の研究陣から排除しようと望むのはまことに当然である。

(2)  ところで、研究者であるところの助手が、果して有能であるか否か、すなわち、助手の適格性の有無を判断することは必ずしも容易ではなく、一朝一夕になし得るところではない。そこで、被申請人大学では新たに任用された助手の適格性に関する判断が軽率に行われ、そのため当該助手に対し不測の損害を与えることを避けるため、すなわち、右の判断が公平かつ正確に行われることを保障するため、次の方法を講じていること、証人勝本卓美の証言および弁論の全趣旨により容易に推認できる。

(イ) 前示のとおり「任期を三年」と定め、その間における右の判断を留保している。この「任期三年」は、解雇を容易にするための「試雇用期間」ではなく、全くその反対に、解雇をほとんど不可能にするところのいわゆる「身分保障期間」であることは前述した。この間に被申請人は、右判断に必要な充分の資料を収集することができるところ、他方、当該助手も解雇の憂いがないので積極的に研究活動に没頭し、その業績を挙げ、自己が有する研究者としての素質と能力を内外に証明することが可能である。

(ロ) 右適格性の判断は、前示任期三年を満了する約一か月以前の頃、先輩の研究者である教授・助教授等により構成されたいわゆる理学部教授会によつて行われる。そして衆智を集めたこの教授会は、三年間に亘つて収集した前示資料を駆使し、当該助手の業績、将来の見通し、その他すべての事情を慎重に審査することにより、右適格性の判断に誤りがないことを期している。

(3)  そこで、申請人のいわゆる研究者としての能力の程度について検討する。

申請人が、任期三年のその期間中に、相応な研究成果を挙げるであろう旨被申請人から期待されて任用されまた申請人もこのように期待されていることを知りながら助手に採用されたものであることは弁論の全趣旨に照し疑いがない。ところが、申請人は、被申請人のこの期待にも拘らず、右三年の間何らの研究業績も挙げることなく終始して、同期待を完全に裏切つていること、証人納繁男の証言により容易に認定できる。

この点について、申請人は、

(イ) 「ゼミ」で学生を対象に研究成果を発表した旨主張するけれども、学生を対象として理論を説くことは「講義」ではあつても、いわゆる研究発表には該らない。およそ研究者の研究発表というためには、他の多数の研究者がこれを任意にとり上げて批判することができるような方法で学界に公表されることが必要である。たとえば、論文にまとめそれを印刷物にして頒布するとか、あるいは、多数の研究者が学術研究の目的で集会したいわゆる研究会の席上で口頭により公表する等の方法を採らなければならない。したがつて、他の多数の研究者がこれを批判することが不可能な方法、すなわち、学生を対象に口頭で述べたところの講義は、その内容いかんに拘らず、未だ研究者のいわゆる研究発表には該当しないというべきである。申請人主張の「ゼミ」で発表したところの研究が、もし、学界の批判を仰ぐに値いするものであつたならば、申請人としては、同研究成果を、前示の研究会へ携行し、多数研究者の面前で再びそれを発表すべきであつたと思われる。なお、こゝに言う学界は全国的な規模のものであることを要しない。ある地域における研究者集団を基盤にして存立している学界をも含むこともち論である。

(ロ) 学園紛争も影響し、研究成果を論文にまとめるいとまがなかつた旨主張する。しかし、前述の研究会において多数の研究者を対象に行うべきいわゆる研究発表は、その研究が未だ論文に纒つていなくても可能であること、すなわち、研究の一部を発表し、あるいは研究の骨子を発表して、学界からの正当な批判を仰ぐ方法が許されていることは公知である。

したがつて、申請人の右主張は、申請人が何らの研究業績も挙げることなくこの三年間を終始したとの右認定を妨げるものでは毛頭ない。

ところで、申請人の研究経歴(昭和三八年大阪大学理学部卒業、昭和四一年同大学大学院修士課程を終え博士課程に進学、昭和四三年四月右大学院を中途退学して本件助手に就任)と同程度の研究歴を有する者のうちいわゆる通常の能力を有する研究者は、申請人の場合と異り、昭和四六年初頃既に数回に亘つて研究論文を公にしていたこと証人納繁男の証言により容易に認定できる。

そこで、申請人と前示通常の研究者とを比較するとき、何らの研究業績をも発表していない申請人が、研究者としては無能であること、すなわち期待される研究能力を欠くものであるとの非難を呼ぶのは当然である。したがつて、申請人はもはやその経歴に相応する研究能力を欠如するものと認めるのほかはない。

以上認定のとおり、いわゆる研究者に属する本件助手は相応な研究能力を具備する必要があるところ、申請人は、前示相応な研究能力を有しない。したがつて、その余の判断をするまでもなく、申請人はもはや助手としての適格性を有しないものと認めるのが相当である。これに関する被申請人の主張は理由がある。

(三)  なお、前示の適格性について、申請人は、かねて被申請人が「実験実習指導補佐」として申請人を採用するとの意向を表明したことに徴し、申請人には助手としての適格性がある旨を主張する。しかし、制度により認められた「実験実習指導補佐」は、申請人も自認するとおり学術研究を職務内容とする研究者ではなく、もつぱら「雑用」のみに従事するところの教育補助者にすぎないことは争いがない。したがつて、たまたま被申請人が申請人主張の意向表明をなした事実があるとしても、それは「雑用担当者」として適任である旨を表明したに止まり、研究者として適任である旨を表明したものでは無いこと、明らかである。もつとも、現に「実験実習指導補佐」に在職しているものが、学術の研究を続けているであろうことは容易に推認できなくはないけれども、これは、労働契約とは関係がなく、もつぱら、その人の熱烈な向上心ないし向学心に起因しているものと思われる。要するに、研究者としての能力を具備すること、および研究業務に従事することを要件として、「実験実習指導補佐」が任用されていることを認むべき資料は何もない。したがつて、申請人の右主張は、その適格性を否定した前示認定を未だ左右するものではない。

以上のとおり、申請人は、もはや助手としての適格性を有しないから、その使用者である被申請人が、前示身分保障期間の満了時をもつてこれを解雇すべく、法定の予告期間を遵守して行つた本件解雇の意思表示は、合理的であり、かつ有効である。これを権利濫用とし、無効と断ずる申請人の主張はとうてい採用の限りでない。

六  よつて、本件仮処分申請は被保全権利である助手の地位について未だ疎明がないところ、保証金をもつて疎明に代えることを相当とする事情もないので、これを不適法として却下すべく、申請費用の負担については民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康 上野昌子 前川豪志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例